奥
出 雲 仁 多 町 |
「奥出雲仁多町とは・・」 中国山地の壮大な山並みに悠揚と流れる斐伊川、そして奇勝「鬼の舌振」(おにのしたぶるい)に代表される 奥出雲仁多町はその清らかな自然風土によって古くから米と和牛の一大産地として知られてきました。 「仁多米」は全国屈指の良質米として高い評価を得、秋収穫した米を籾のまま保存するカントリーエレベーターを 活用して、出荷する前に籾から米、そして精米する「今摺米」として販売、一年中新米の美味しさを届けています。 また「高田」とは、映画「砂の器」で話題になった「亀嵩」(かめだけ)の一集落ですが、歴史は古く、「出雲風土記」 には高田集落の近くに出雲国庁の郡家が置かれ、仁多の地一円を統治したと記されています。 |
「花田植えとは・・」 戦前まで年間最大の重労働であった田植えは、集落の協力により共同相互作業として行われてきていました。 田の神「サンバイサン」への畏敬と豊穣への祈り、そして田植え作業の疲れを癒すためにサゲサンの音頭と 太鼓囃子に導かれ早乙女たちが次々と田植え歌をくりだしていったといいます。 これが大地主の田植えでは沢山の人が集い、その規模と豪華さが一段と増していきます。 勇壮且つ壮麗な頭打ちの囃子にのって美しく着飾った早乙女たちがサゲサンと華やかに歌の共演を行い、 また豪華な花鞍で飾られた代かき牛が様々な代道を描き交錯していきます。 農村信仰と労働と伝承民謡が初夏の柔らかな日ざしを浴びて一つにとけあって美しくくりだされる 一大シンフォニー、水田に展開される絢爛たる絵巻ものが、そのきらびやかさから「花田植」といわれています。 また、和牛の産地である奥出雲では牛の無病息災と安全祈願の祈りを込めて、 特に牛供養として伝承されています。 |
「今回開催されたきっかけ・・」 戦後、農作業の機械化によって開催されなくなったこの催しですが、昭和58年に復活、 昭和62年に島根県で開催された牛のオリンピックといわれている「全国和牛能力共進会」にて披露され、 保存会が結成されたものの、高齢化の進行と畜産農家の減少により10年以上にわたり中断してきていました。 この度、亀嵩温泉「玉峰山荘」オープン1周年を祝して、亀嵩地区の畜産農家の協力を得て、久方ぶりに 開催されました。 |